それに対してアメリカの黒人が書いたものを読むと、「ヨーロッパに行くとホッとする」というのがよく出てきます。たとえばアメリカの黒人が軍隊に入ってヨーロッパに駐留すると、ものすごい解放感を感じる。ヨーロッパにも黒人に対する差別はあるでしょうが、アメリカにいるときのように、「お前は黒人だ」と常に言われているような抑圧感がないそうです。そう考えると、差別の根底にあるのは、国民・市民をどのように規定するのかということなのかなと思います。

「アメリカは白人の国」というアイデンティティを持っているなら、アメリカ国民とは「黒人ではない者」ということになる。ヨーロッパだと「キリスト教対イスラーム」というステレオタイプが強いので、“偏狭なムスリム”を排除することで自由で民主的な「市民社会」がつくられる。アイデンティティに関係ないから、アメリカはムスリムに寛容で、ヨーロッパは黒人に寛容なんでしょう。これを日本社会に当てはめると、日本人のアイデンティティを守ろうとすると、どうしても「日本人ではない者」が必要になる。それが「在日」で、だからスリランカ人はどうでもいいんでしょう。

 いちばんの問題は、脆弱なアイデンティティしか持たないひとが、排除する相手を見つけようとすることです。このひとたちは善悪二元論の世界しか理解できないので、「俺たち」ではない者=敵を認定しないと自分が何者なのかわからない。アメリカでトランプ大統領が誕生したのは、白人が少数派になりつつあることで「白人の国」という神話が揺らいだからでしょうが、同じように日本では、中国や韓国の経済発展で「有色人種のなかで特別」というアイデンティティが大きく揺らいだ。こうして「日本人=在日じゃない人たち」というトンデモ説が広く流布するようになったのではないでしょうか。(続く)

◆橘玲(たちばな・あきら):作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『言ってはいけない 残酷すぎる真実』『(日本人)』『80’s』など著書多数。

◆中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):ネットニュース編集者。1973年生まれ。『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『夢、死ね! 若者を殺す「自己実現」という嘘』『縁の切り方 絆と孤独を考える』など著書多数。

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