元・内掌典の高谷朝子さん

 車を降りると、目の前に木造の、お世辞にも立派とは言い難い建物が見えて来た。その畳敷きのおよそ8畳ほどの部屋で、正座姿で高谷は我々を迎えてくれた。もう80歳に手が届こうという年齢ではあったが、生成り色の着物に白髪を奇麗に結っていた。凛と伸びた背筋が印象的だった。

 型通りの挨拶をニコニコしながら聞いていた高谷は、「どうぞ。御上(おかみ)が3時にお上がりになられたものです」といって、恐らく東京・赤坂に本社を置く和菓子屋の羊羹をお茶と共に差し出してくれた。

「おかみ?」と怪訝そうな顔をすると、高谷は、「陛下のことですよ」とニッコリとされた。そう、宮中では天皇陛下は“御上”と呼ばれる。

◆昭和天皇と映画鑑賞

 内掌典の1日は朝6時の起床から始まる。宮中三殿に祀られる神々に仕え、そのため常に一般人が考えるならば過剰とも思えるほどに“潔斎(けっさい)”に努める。

 そして、祈る。

 トイレに入る時は着物をすべて着替える。出る時は桶の水で手を洗い、さらに水道水でも洗う。血は穢(けが)れとされ、血を流すような怪我をした時、生理になった時には仕事は一切しない。生理の時の日用品は、それ以外のそれとは峻別する。下半身には手を触れない。手が触れた場合は、その都度、水や塩で清める。

 足袋は地を踏む穢れなので、それに手が触れたら水、塩で清める。お金を触ったら清める。郵便物など外部から来た物に触ったら清める。布団は風呂敷に包んで出し入れする。床に直接は置かない。足は穢れなので、長い夜着で包むようにする。布団には直接触れてはならない。

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