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2020.02.26 07:00  女性セブン

脳死判定が遮った臓器提供の望み、「妻生きた証を」夫の訴え

悠子さんが生前使っていた携帯電話には、亡くなる20日ほど前に正秋さんに送った、不安と無念さが綴られたメッセージが残されている

「何かに失敗しても、泣きながらまた挑戦するような女性でした。初対面のときからとても明るくて元気で、目が見えないと聞いても、信じられないほど。ちょうどぼくが仕事で落ち込んでいた時期だったのですが、これまで出会った誰よりも前向きで、話しているうちに励まされた思いがしました。と同時に、“これはすごい人だ”と、生き方に感銘すら覚えました」

 その後、正秋さんは実家のある半田市に戻って家業を継ぎ、悠子さんは京都の大学に進学した。離れ離れになったふたりだが、2007年に悠子さんから電話があった。

「私のこと覚えていますか?」

 懐かしい声に、正秋さんはすぐに自家用車をとばして京都へと向かった。

「久しぶりにいろいろな話をしました。そのとき、腎機能も悪くなっていると言い、障害を持った人のため少しでも役に立ちたいと語る彼女に、いよいよ惹かれて遠距離恋愛を始めました」

 悠子さんは京都の大学を卒業後、地元の北九州に戻る。スカイプでやり取りする交際は5年間に及んだ。

「やがて“彼女なら苦労をともにして、一生ぼくが守り続けたい相手だ”という思いが強くなりました。悠子はひとりで料理や洗濯、掃除もできたので、結婚しても日常生活には困りません。彼女は“苦労するのがわかっているのに私でいいの?”と戸惑ったようでしたが、ぼくは彼女と一緒に苦労しようと思ったのです」

 だが、懸念もあった。正秋さんの両親がどう言うか──「会わせたい人がいる」と両親に告げながらも、悠子さんの体調について説明したのは、顔合わせの直前だった。だが、すべては杞憂に終わった。

「あの子ならいいんじゃない」

 母親はこう言ってくれた。「あなたみたいに30を過ぎたのと結婚してくれるっていうんだから、ありがたいじゃないの」と、祝福してくれたのだ。父親も、苦労するかもしれないが、覚悟ができているのならと、認めてくれた。

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