• TOP
  • 国内
  • 脳死判定が遮った臓器提供の望み、「妻生きた証を」夫の訴え

国内

2020.02.26 07:00  女性セブン

脳死判定が遮った臓器提供の望み、「妻生きた証を」夫の訴え

ふたりが7年を過ごした部屋には、遺影とお骨が置かれていた

 だがこの頃、腎臓は人工透析が視野に入るほど悪くなっていた。すると悠子さんの父親が、嫁ぐなら透析をしない生活を送ってほしいと、腎臓の提供を申し出てくれた。そして2012年8月、父娘間で腎臓の生体移植を行った。無事移植は成功し、3か月後に正秋さんと悠子さんは結婚。新婦が半田市に移り住んだ。慣れない土地に不安もあったが、4年ほどひとり暮らしを経験してきた悠子さんに、大きな不自由はなかった。

「ただ、1型糖尿病のため、起きているときはもちろん、就寝中に悠子が低血糖を発症したら、すぐにブドウ糖を与える必要がありました。命にかかわるため、緊急時に備えて夜は必ず妻に添い寝して、熟睡することはありませんでした」

 二人三脚で新婚生活を送る夫婦には、「子供をもつ」という共通の夢があった。主治医に相談すると、糖尿病を抱えたままの妊娠や出産、育児は多くのリスクを伴うため、膵臓を移植して糖尿病を抑えることをすすめられた。

 出産を望む悠子さんは迷うことなく臓器移植を斡旋する「日本臓器移植ネットワーク」に登録した。すると幸運なことに、1年も経たないうちにドナーが現れ、2014年3月に膵臓移植を行った。10時間を超える大手術になると聞かされたが、ふたりは「幸せになるために」と手を取り合い、そして耐えた。

「膵臓移植後の4年あまりは、本当に穏やかで幸せな日々でした」
 当時を正秋さんが振り返る。膵臓移植により、インスリン注射や食事制限から解放され、ふたりはおいしいものを食べ歩いた。飛騨高山の温泉や浜松を旅行し、関門海峡花火大会を一緒に見た。特にうれしかったのは、平穏な眠りが手に入ったことだ。

「それまでは低血糖が怖くてお互いに熟睡はできませんでした。でも膵臓をいただいたことで低血糖の不安がなくなり、夜は夫婦別々の場所でぐっすりと眠れるようになった。世の夫婦は仲が悪くなると別々に眠るのかもしれませんが、ぼくらは離れて眠れるようになったことが、何よりも幸せでした」

関連記事

トピックス