野村克也さんと対談する江本孟紀氏(撮影:山崎力夫)

 2勝2敗で迎えた第5戦、9回表に広瀬叔功さんが2ランを打って2対0と南海がリードした。ところが、その裏に二番手のミチ(佐藤道郎氏)が二死からホームランを打たれて1点差になるんです。そこでキャッチャーのノムさんから「お前投げろ」と指名され、マウンドに上がった。バッターは代打本塁打27本の世界記録を持つ高井保弘さん。そこで出たサインが「ど真ん中のストレート」でした。最後はコースがインハイに浮いて高井さんは空振り。優勝が決まった。

 この時は、さすがのノムさんも優勝が目前で舞い上がっていたように思います。ミチが投げていた段階から、真っすぐのサインしか出さなかった。ノムさんとしては「とにかく真っすぐで押してこい」という考えだったのでしょうが、相手にもバレていたと思う。だから、コントロールが良いミチはホームランを打たれた。そこをボクがリリーフして、相手も緊張している上に、ボクの球が荒れたから打ち取れたわけです。

 この5戦3勝制のシリーズのプレーオフに先立って、ノムさんからは「向こうは1戦目の先発がお前(江本氏)だと思っているから、そこをあえてリリーフに回り、3戦目に先発させる。それ以降はリリーフに回れ。それで1、3、5戦目を勝つ。そのやり方でしか、阪急には勝てない」と言われていました。

 実際、1戦目はボクが8、9回を投げて南海が勝利した。ボクが投げなかった2戦目は負けですわ。それで3戦目に完投勝ちですよ。4戦目は負けて、2勝2敗。そして5戦目の最後にマウンドに上がり、胴上げ投手になりました。その意味ではプラン通りだが、最後の場面は計算ずくだったわけではなく、ど真ん中というサインでした。緻密にやるだけじゃないということ。この年が、ノムさんの南海での現役選手としての最後の優勝でした。

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