大正時代から遊郭として栄えた飛田新地は、1958年の売春防止法の施行以後も、「料亭で働く女性と全国から訪れる男たちが“自由恋愛”から情事に発展していく場」という建前の元、いわゆる「ちょんの間」として存続してきた。
艶やかな着物やドレスに身を包んだ女性が玄関の上がり框に座り(顔見世)、背後や両サイドから強い原色ライトを当てて妖艶さを醸し出す。「曳き子」と呼ばれるオバちゃんが通りを往来する男に声をかけ、笑みをたたえる女性と共に、男を招き入れていく。
遊郭の情緒を残すこの地を訪れた者は、異世界か江戸時代の日本にタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。
しかし、この日の飛田新地は、人通りがなく静けさに包まれ、周囲の風景に埋没していた。飛田新地はいま、全料亭が営業を停止しており、各料亭のシャッターには「飛田新地料理組合一同」と署名された一枚の紙が貼られている。
〈コロナウイルスの対策として緊急事態宣言発令時から解除されるまでの間、営業を自粛致します(中略)日本を沈没させてはいけません(中略)再会を心よりお待ち申しております〉
◆「感染者が出るまでは」
料亭という形式もあり、各店は「飛田新地料理組合」への加盟を義務づけられている。同組合は新型コロナが日本でも流行の兆しを見せ始めた1月から、12ブロックに分かれている料亭の各ブロック長と感染防止策を練ってきた。組合幹部が話す。
「保健所に問い合わせるだけでなく、大阪府庁とも対応について相談してきましたが、“いつ収まるか判断がつかん”、“まだまだ広がる”といった話ばかりでね。営業を続けてよいのか、組合としてもなかなか方針を決められませんでした」