なるほど、そのぐらい激しく怒っている人もいるだろうし、署名を呼びかけるページにある「そのような発言をする人物が子供に影響を与える番組でMCを務めるのは不適切であると考える」という理由に賛同する人もいるでしょう。しかし、彼の発言を問題視する人の中にも「それって単なるリンチではないの」「彼の仕事を奪おうとしてしまったら、差別している側と同じことになるのでは」と思う人もいそうです。
ただ、いわゆる「フェミ界隈」で大きな発言力を持っている方々の中で、「それはおかしい」と疑問を呈している人は知る限りでは見かけません。「私も署名しました」という賛同の声は見ました。「フェミニズム」や「フェミニスト」のイメージダウンにつながりかねない案件かと思いますが、「仲間内」での批判はタブーという暗黙のルールがあるのでしょうか。気に入らないヤツは叩き潰してもいいという考え方に疑問を持たない人だけが、日本の「フェミニズム村」に入れてもらえるのでしょうか。
いっぽう、自らの女性器を型どりした「デコまん」で知られる漫画家のろくでなし子さんのように、相互監視が強そうな「フェミニズム村」とは一定の距離を置いているフェミニストは、署名運動の暴力性や欺瞞性をいろんな角度から批判しています。たとえば彼女は、4月29日にこうツイートしました。〈岡村さんを許せないあまりに、NHKの番組を降板させろ!と制裁を下したがる人達に、戦争中に不謹慎な事を言った人を隣組が通報するのを彷彿とさせられる。〉(抜粋)。こうした冷静で客観的な意見を持つ人は、けっして少なくありません。じつにありがたく、頼もしいことです。
日本の保守本流の「フェミニズム村」は、この署名に関してだけでなく、冷静で客観的な意見を一蹴し、あるいは聞こえないフリをして、次々に標的を見つけては感情的に石をぶつけてきました。ボス的な誰かが「これは問題だ」と指摘すると、たくさんの匿名戦士たちが徒党を組んで執拗に攻撃を加える。その光景は、スケ番の意向を忖度して「よしよし」してもらうために行動する子分たちという図式を彷彿とさせます。
首を傾げたくなるのは、今回の署名だけではありません。男女差別をなくしてより良い社会を築いていくためには、フェミニズムの味方や賛同者を増やしていく必要があります。しかし「フェミニズム村」の人たちは、味方になる可能性が高そうな人に対して、いっそう凶暴な牙を向けるのが常。一種の縄張り意識なのでしょうか。
今年2月に、ネットニュースメディア「ハフポスト」で「 #私たちのフェミニズム をみんなで語ろう」という連載がスタートしました。フランス在住ライターの高崎順子さんが、多様なジャンルの人を招いてフェミニズムをテーマにインタビューをする意欲的な企画です。第1回のゲストは「2ちゃんねる」の生みの親である西村博之さん。前後編のうち前編のタイトルは【ひろゆきさん、どうして「今の日本では“フェミニズム”って言葉を使わないほうがいい」のですか?】でした。
しかし、一部の「フェミニスト」がタイトルや西村さんの言葉尻に噛みつきます。フェミニズムの可能性を広げてくれる試みでしたが、きちんと読もうとしない人たちのイチャモンが大量にぶつけられて、後編の冒頭ではする必要のない釈明めいた記述が加えられました。そして「連載」と銘打たれていたにもかかわらず、第2回以降は掲載されていません。そりゃ、編集部も書き手も嫌になりますよね。もったいない話です。
「フェミニスト」の人たちは、こうやって「味方を増やせそうなチャンス」を自ら潰してしまうことに対して、どう考えているのでしょう。みなさんお利口なのできっと自分を正当化する理屈は用意してらっしゃるでしょうけど、明らかに戦う相手を間違えていることに疑問を抱く人はいないのでしょうか。この時も界隈で「それはヘンじゃないか」という批判は知る限りでは見ませんでした。