現在は少なくなっているが、必ずしもコーチを経験しなければ監督として大成しないわけではない。
「ノムさん(野村克也氏)は現役引退後、解説者時代にむさぼるように読書をして言葉を覚え、講演会や解説で話術を磨いた。それが、ヤクルトの監督になった時に生き、1990年代に黄金時代を築けたと語っています。王(貞治)さんは引退後、助監督を3年間務めて巨人の監督になりましたが、5年間でリーグ優勝1回と期待されたほどの成績は残せなかった。のちに、権限のない助監督という中途半端な立場はあまり経験にならず、外から野球を勉強したかったと話しています。解説者生活が勉強になる面は十分あるでしょう」
◆コーチを経験しなかった工藤監督、栗山監督ら
一方で、張本勲氏や江川卓氏のように現役引退後、解説者を何十年も続け、一度もユニフォームに袖を通していない大物OBもいる。
「著名になればなるほど、コーチ業よりも評論業ほうが儲かる。今は1試合あたりの解説のギャラも減っていますが、それでも講演などもありますし、コーチよりは羽振りはいいはず。監督のオファーなら乗るのでしょうけど、2人とも機を逸した気がしますね。江川さんは長嶋茂雄監督の時に投手コーチとして名前が上がり、第2次原辰徳政権の時にヘッドコーチの噂もありましたが、実現しなかった。本人もコーチではなく、監督として勝負したいと語っていました。今年65歳になりますが、日本の平均寿命も延びていますし、完全に監督の可能性が断たれたわけでもないでしょう。一度、江川監督を見たいファンも根強く残っています」
1988年の引退後、解説者生活を送っていた“ミスター・タイガース”掛布雅之氏は、26年経った2014年から阪神のゼネラルマネージャー付育成&打撃コーディネーター(DC)となり、2016年から2年間は二軍監督を務めた。しかし、一軍監督就任は実現せず。現在は『阪神レジェンドテラー』という肩書きで球団に残っているが、縦縞のユニフォームには袖を通していない。