眞子さんは小室家側の説明に困惑するご夫妻の様子に不信感をおぼえたという。どうにか結婚を“納得”させたい──そうして眞子さんが考えた打開策こそ、小室さんが留学することで海外に拠点を作り、将来的に弁護士を目指すことだった。しかし、それは秋篠宮さまが求めた対応とはまったく異なるものだった。
「秋篠宮さまは“職業に貴賤はない”とお考えで、小室さんはパラリーガルのままでもいい、ふたりが身の丈に合った生活をすればいいと考えられていました。小室家側に求めていたのは、国民に納得し喜んでもらう状況を作り出すこと、ただそれだけ。しかし、結果として小室さんはトラブルを放置する形で留学してしまった。秋篠宮さまは小室さんに対する態度を硬化させていったといいます」(前出・宮内庁関係者)
秋篠宮さまは、その後も小室さんに期待を裏切られ続けてきた。小室さんは、2021年7月に1回目の試験を受け、合格発表を待つ間に眞子さんと結婚。合格の自信があるそぶりを見せていたという。しかし、結果は不合格だった。
「2度の不合格を経て、次の試験も受けると知った秋篠宮さまは、弁護士として周囲から信頼を得られるのかと疑問を抱かれ、“3度目を最後にするべきだ”というお気持ちを周囲にこぼされるようになられたそうです」(前出・宮内庁関係者)
学生時代の出会いで結婚
小室さんとは距離を置く一方で、秋篠宮さまは、娘のことを支え続けてきた。しかし、眞子さんは「絶対に日本には帰らない」と周囲に話しているという。
「渡米から1年が経ち、ニューヨーク生活にも慣れてきたのではないでしょうか。近所の鮮魚店で魚を買ってさばいたり、産婦人科に通って妊活に励んだりと“第二の人生”を謳歌しているようにみえます」(在米ジャーナリスト)
2018年の誕生日会見で、秋篠宮さまは《納采の儀というのを行うことはできません》と明言された。この頃にはすでに、親子関係は冷え切り、会話の機会はほとんどなくなっていたという。しかし、膠着していた結婚問題を進展させたのは、ほかならぬ秋篠宮さまだった。
「2020年の誕生日会見で《結婚することを認めるということです》とご発言されたことは、結婚に向けての大きな一歩のように思えました」(前出・皇室記者)
秋篠宮さまは眞子さんが結婚した後の、2021年の誕生日会見でも娘のことをかばい続けた。
「会見では、皇室にとって《公は常に私に優先されるべきもの》としながらも、眞子さんの結婚については、“公と私というものにうまく当てはまるものなのか。娘は皇族である間、常に公を優先させてきた”とあくまで娘の立場に寄り添われました」(前出・皇室記者)
秋篠宮さまはかねて、皇族にもプライベートはあるという考えをお持ちだ。もちろん眞子さんもそれを前提として育てられてきた。
「秋篠宮さまは、自身の経験から“学生時代に相手を見つけないと結婚は難しい”とも話されていたそうです。また、眞子さんのことは、女性皇族はいずれ皇室を出て一般人になるものだと育てられてきた。娘が小室さんとの結婚に執心したこととご自身は無関係とはいえないという思いもあり、眞子さんを案じられているのではないでしょうか」(前出・宮内庁関係者)
親子関係は冷え切ったまま、眞子さんは渡米したが、秋篠宮さまは惜しみなく支援をされた。
「ニューヨーク総領事に赴任することになった旧知の森美樹夫氏を赤坂東邸に呼んで話をしたことが功を奏したのでしょう、現地には小室さん夫婦の担当者が置かれました。眞子さんは、ビザの手配や病院の手配、その他日常の細かい心配事まで、事細かく相談しているようですよ」(前出・在米ジャーナリスト)