「父に反発してガテン系に進んだ長女と、そんな姉の〈甘え〉に嫉妬する次女。家事を切り回すシッカリ者の三女や口うるさい姉までいて、ホント大変ですよ。俺のカミさんも2人姉妹で、妹と大喧嘩したかと思うと、化粧品の話を長電話してみたり、女同士って振り子のブレが大きいんです。要は密着度が高い。
ただし女の悪口は大抵その場限りの愚痴だから『ふうん』とやんわり受け流し、反論はしないに限る。結局俺たち男は愚痴や不満を吐き出す便器なのよ(笑い)。便器の賢い処世術は〈反論はしない。意見は控えめに〉です」
何とか関係を修復しようと美千恵を訪ねた崇徳は、部屋の前で娘に追い返される大男〈岩政〉と鉢合わせ、この人懐こい大男と娘の仲をなぜか応援する羽目に。一方では母親の痴呆や姉の不倫疑惑、自身の喉頭がんの再発や医療ジャーナリスト〈白石温子〉への恋心など、心配の種は常に絶えない。
「俺自身は母親と折り合いが悪く、16歳で福井を出て1人暮らしを始めたからね。右も左もわからない東京を1人で渡り歩くのに必死だった。今でこそ天性のホスト体質なんて言われるけど、俺は作家になる以前に幸せになりたかったんですよ。
その屈託が文学の世界に引き寄せた部分もあるけど、今は全てが愛おしいんだよね。母親の痴呆を認めるのが怖い崇徳と自尊心は譲れない基子が富岡八幡を散歩するシーンなんて自分でもホロっときたし、これまでハードボイルドや恋愛小説、ユーモア小説や『戦力外通告』みたいな作品も書いてきて、その集大成と言える作品を、たぶん64歳の今だから書けたんだと思う」
どんな家にもある事件や揉め事を、崇徳は交差点の中心で交通整理する〈犬のお巡りさん〉を自称する。が、それが彼の闘い方なのだ。たとえ憎まれても秘密を守り、家族を守り抜く彼のしなやかさは、タフ以外の何物でもない。