◆普段は惑っているくらいの方がいい
翌週、何とか部費を工面した丸川は、練習場にいた。チームでは彼を誘った宇多津が発起人、同社の〈緒方〉が主務を務め、それ以外は職種もバラバラ。ロックの〈陣野〉によれば〈この居場所、いい場所!〉らしく、その後、癌に倒れた宇多津は過去を全て告白した丸川に言う。〈大丈夫。みんな互いの身の上なんて興味はないから〉〈生きてなんぼだ〉
本書では各章の語り手をヤンチャーズの面々が交互に務める。例えば2章では〈モンスター社員〉の扱いに苦慮する陣野の管理職としての顔が描かれる。
陣野は〈糞害に憤慨する〉等々、渾身のダジャレまでパワハラ扱いされる空気や、仕事はできるくせに〈上司いびり〉で敵を作る部下を〈もったいない〉と思う。自身、若い頃は根拠のない自信で人望をなくし、部下には同じ失敗をしてほしくないからこそ、チーム一のお節介男はめげない。
また緒方は、新聞記者の〈麦田〉が丸川の過去を問題にした際、意見調整に奔走する。本書は緒方の妻が〈どうしたらいいのかじゃなくて、どうしたいのかじゃないの〉と言うように、正しかろうが間違いだろうが〈掛け値なしの気持ち〉を伝える大切さに、緒方やチーム全員が気づく成長物語でもあるのだ。
「彼はもう罪を償ったという人もいれば、遺族感情を思えば一緒にラグビーなんてできないという人もいて当然で、それでも〈グラウンドで会おう〉という言葉一つで繋がれる世界を私は書きたかった。仲間の全てを知るはずもなく、人生の一部だけで繋がる絆がこんなに強くて清々しいのかと、私自身が教えられたので」
彼らは全力でスクラムを組み、ボールを追う時だけは、〈死ぬ気〉になれた。裏を返せばその一瞬さえあれば大いに惑っていいのだ。
「例えば宇多津は南方帰りの父親の〈端数の人生の始まりに生まれた、端数の子供〉として常に〈生まれてこなかった自分〉を想像し、丸川も不運も含めた幾つもの縁がラグビーとの再会に繋がった。
様々な人生の中のたった1つを生きているのが自分自身でも不思議に感じることはあるし、死を覚悟した丸川でも思い切りタックルするのは怖いし痛い。普段は惑っているくらいの方が人間臭くて、ちょうどいいと思うんです」
またゴールよりトライの点数が高かったり、前に進むために後ろにパスをしたり、ラグビーの一々が人生と重なった。
「本来はトライでゴールの挑戦権を得て、5点を7点に変換するのがコンバージョンキックらしい。そうか、挑戦することに価値があるのかと、私が素人だから気づいたことです(笑い)。
他にもワンフォーオール、オールフォーワンなど普遍性には事欠かなかったし、不惑のスイングでも仕事でも、本当は何でもいいんだと思う。トライすることを恐れず、何かに夢中になる瞬間を大事にできるなら」
勝利にはもちろん拘るが、試合後はバカ騒ぎに興じ、敵味方なく羽目を外す。そして翌朝は社員や父親の顔に戻る日常との往復が彼らの人生を少しずつ前進させ、頑なで謝ってばかりいた丸川が〈ありがとう〉と言えるようになる、そんな小さいようで大きな変化も、仲間との縁があってこそ。つくづくラグビーはというより、人間は素晴らしいと思わせる、いい小説だ。
【プロフィール】あんどう・ゆうすけ:1977年福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。在学中は音楽活動に熱中し、「学生ラグビーにも全く無縁でした」。学習塾、ITベンチャー勤務等を経て、2007年『被取締役新入社員』で第1回TBS・講談社ドラマ原作大賞を受賞しデビュー。著書は他に『営業零課接待班』『宝くじが当たったら』『ちょいワル社史編纂室』『大翔製菓広報宣伝部 おい!山田』『テノヒラ幕府株式会社』等。170cm、58kg、A型。
■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光
※週刊ポスト2016年5月6・13日号