しかも、役作りとしてとことん書く練習していくうちに、なんと向田邦子の字を見ると感情までがわかるようになったのだという。
「筆致を似せるには、スピードも同程度である必要があります。落ちるインクの量で線の細さが変わりますので、ゆっくりやるとそれだけの鈍臭い字になるのです。なので、文字を見てスピードも変える。そんな練習を繰り返していると、『あ、向田さんここは少し悩みながら書いたのだな』とか『ここはノリにノッて、思考を原稿に映すのが楽しくてたまらなかったんだな』と、どんな資料にも書かれてはいないであろう情報と共感が、原稿の文字と段落の流れから雨垂れのように少しずつ、ですが確実に私の脳と心に溜まっていきました」(同)
向田邦子という実在の人にじっくり、しっかりと近づいていく。コツコツと役作りを重ねてきた、凄さ。
実は、過去に一度、「おまえなしでは生きていけない ~猫を愛した芸術家の物語~」(NHKBS 2011年放送)の中で、ミムラは向田邦子役をやっている。今回は二度目の挑戦。あれから自分の中でさらに向田邦子像を膨らませ、磨きをかけてきたのだろう。地道な、そして迫力ある役作りの努力がいよいよ今回の『トットてれび』の中で輝きを放った。
しかし、ミムラ自身の役者人生はこれまで順風満帆とは言えなかったようだ。自ら二年間の休業を選択し、離婚も経験。「離婚直後は体調を崩すほど苦しみましたが、陰のある役の依頼が増え、今は離婚の経験が糧になったと思えるようになった。再婚して精神状態も安定しました。この経験を舞台で生かしたい」(産経ニュース 2015.1.10 )。
ちなみに、向田邦子と黒柳徹子が最初に会った時の会話は、「人生あざなえる縄のごとし」だったという。「人生は、幸せという縄と、不幸せという縄と2本でね、編んであるようなものなのよ」と、向田さんは黒柳さんに語ったとか。
ミムラという役者の人生も、まさしく「あざなえる縄」のごとし。「不幸せの時間」に遭遇した時苦しみ抜き、人間について考え抜く。深い洞察力をもって。白い縄も黒い縄もしっかりと編み込んでいく人こそ、面白い役者になれる。