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2016.12.01 07:00  週刊ポスト

さだまさしが被災地支援基金を立ち上げたきっかけ

年間100回以上のコンサートを行なうさだまさし

 さだまさし──日本一旅をしている歌手と断言してもいいかもしれない。1976年にソロ歌手となってから積み上げたコンサート回数は4200回以上で、もちろん日本人断トツの1位。単純計算で、年間100回以上のコンサートを行なっていることになる。

 10月の終わり、多忙を極めるさだが、スケジュールの合間を縫って北海道・南富良野町を訪れていた。

 さだは早速、友人である医師の鎌田實氏とともに、今夏、台風10号など3つの台風に襲われ、堤防が決壊した空知川(そらちがわ)の河川敷を見て歩く。さだ自身が主題歌を手がけた、倉本聰の名ドラマ『北の国から』(1981年~/フジテレビ系)の第1回で、田中邦衛演じる五郎が初めて口を開いた言葉が、「空知川だ」。この台詞から、物語は始まった。

「あの空知川が氾濫したと聞いて、驚いたし、胸が痛んだ。音楽は微力だけど無力じゃない。少しでも、南富良野の方たちを元気づけられたらと思って、ここに来たんです」

 ほぼ毎月1度放送される、『今夜も生でさだまさし』(NHK総合テレビ)。各地方から生放送されるのだが、今回、富良野市で放送されることになった。さだはこれを機会に、隣の南富良野町で町民のための支援コンサートを開くことにしたのだ。

「こういうところに来るのって、親切の押し売りみたいで嫌だなっていう気持ちも、正直あるんです。かといって、被災後すぐにしゃしゃり出ていっても、僕には何もできません。足手まとい以外の何ものでもない。僕には、皆が幾分落ち着き、明日を見る余裕が出てきた頃に、大して役にも立たない応援歌を歌うことしかできないのです」

 実際のコンサート会場となった南富良野小学校体育館には、人口2611人の約5分の1、500人が詰めかける大盛況だった。

 70歳を超えた高齢者が、さだの軽妙なトークに肩を振るわせて笑い、未就学児の子供たちは、わが庭の如く、会場を走り回った。さだの歌に感極まって泣いてしまう人もあった。町の体育館には、笑いがあり、涙があった。そして希望が満ちようとしていた。

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