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2017.06.25 07:00  NEWSポストセブン

山田美保子氏「小林麻耶はこれからも麻央ちゃんのために…」

 何より、幼少期から大好きすぎる妹・麻央さんは闘病中。心配で心配でしかたがない気持ちを横に置き、少しでも妹が喜んでくれるならと無理をし続けた結果の救急搬送だったのだろう。

 そして今年4月に仕事復帰。麻央さんのブログを読む限り、一進一退を繰り返しているように素人目には思えたが、著書『まや道~向かい風でも笑顔の理由~』(小学館刊)の出版記念ハイタッチ会も、約1年遅れで開催。

 フジテレビ系『スカッとジャパン』で、ぶりっ子を好演する理由を「妹が病室で見て、すっごく笑ってくれたので、免疫力アップしたって嬉しくなりました。これからも思いっきり、ぶりっ子して妹の笑う時間が増えたらいいな」とコメントした。

 6月6日、都内で行われた献血推進イベントでは、麻央さんが輸血を受けたことを明かし、「あの輸血がなければ、妹はいま、どうなっているかもわかりません」と目を潤ませながら、しかし、真っ直ぐ前を向いて力強くコメントした麻耶。同イベントに登壇し、麻耶の休養中、ラジオ番組『Love in Action』のピンチヒッターを務めていた川田裕美アナに翌日、聞いたところ、「麻耶さんが来てくださると思っていなかったので」と驚きながら、同じ事務所の先輩の仕事ぶりを心から尊敬している様子だった。

 このとき、同番組で麻耶とコンビを組んでいるDJの山本シュウからは、麻央さんの乳がんが発覚した際、麻耶が仕事を辞めて看病しようとしたことが明かされた。そのとき麻央さんは「何を言ってるの。お姉ちゃんが元気に番組やってる姿を見て、私も元気になるから」と姉にカツを入れたのだという。

 麻耶が復帰したのは麻央さんのため。一昨日、セント・フォースの社長さんに麻央さんへのお悔やみと、「麻耶ちゃんが心配」とメールをしたところ、「『休んでも麻央ちゃんは喜ばないから』と、元々入っていたラジオの収録を頑張ってやりきりました」との返信をちょうだいした。

 一昨年秋、父が亡くなる前の2週間、私は病院に泊まり込み、そこから仕事に行っていた。週に1~2回ある地方出張もこなしていたのだが、一度だけ、新大阪まで乗らなければいけない新幹線を誤って名古屋で降り立ってしまったことがあった。わずか2週間だけだったのに、心身のバランスの取り方がわからず、限界まで無理をしてしまった。たった2週間なのに…である。

 聞くところによると、麻央さんは、がん告知を受けた14年10月の1年半ほど前から体調不良に悩まされていたという。つまり、麻耶ちゃんは、4年ものあいだ、自分のすべてを投げうって麻央さんのサポートをしていたと思われる。

 麻央さんは全力で闘病し、天に召された。そして麻耶ちゃん含むご家族は精一杯、看病されてきた。御葬儀などを済ませ、一区切りついたら、少し身体を休めて、これからは自分のために時間を使って…と言ったところで、麻耶に限っては恐らく無駄だろう。「麻央ちゃんのために」「麻央ちゃんに笑ってもらうために」小林麻耶は歩んで行くにちがいない。麻央さん、どうかずっと麻耶ちゃんを見守っていてください。

合掌

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