国内

ハンセン病ケア なぜ「国内=皇室」「海外=笹川陽平」なのか?

高山文彦氏(右)と原武史氏

◆高山文彦×原武史 特別対談 「人類史の暗黒に光を当てる──高山文彦『宿命の戦記』をめぐって」

 日本財団会長・笹川陽平のハンセン病制圧の旅に7年にわたって同行取材した作家・高山文彦氏の『宿命の戦記 笹川陽平、ハンセン病制圧の記録』。朝日新聞(2018年2月4日付)で「近代日本で患者を強制隔離する国策に皇室も一役買っていたという重い事実から、著者は目を背けない」と本書を評した原武史・放送大学教授が、高山氏と「ハンセン病と皇室」について語り合った。

 * * *
高山:先日、石牟礼道子さんの葬儀で渡辺京二さんと会って、原さんの話になりましたよ。あなたが大学院生の時に、一度訪ねてきたことがあるって。

原:そうですか。僕は国会図書館や新聞社に勤めてから大学院へ行ったクチで、当時いまは亡き岩波の書評誌『よむ』で地方在住の著者に話を聞く連載をしていた。とくに中央の学者とはまったく違う視点に貫かれた渡辺さんの本には非常に刺激を受け、それで熊本まで会いに行ったんですけど、ご自宅での取材のあと、一緒に真宗寺に行き、石牟礼さんにお会いしたんです。

高山:その京二さんがね、この『宿命の戦記』の書評で笹川陽平を「奇人であり、聖人である」と評しているんですよ。原さんはどんな印象を抱かれました?

原:高山さんが本書で光を当ててくださったように、僕も彼のような人物はもっと評価されなきゃいけないと思う。ただ、僕のように皇室や天皇制を研究してきた人間からすると、日本の場合はハンセン病に対するケアというと、どうしても皇室と結びついちゃうんですね。

高山:なるほど。わかります。

原:つまりハンセン病患者のような社会から疎外されてきた人々を最も手厚く保護し、「仁慈」を注いできたのは皇室であると、たとえば今の天皇・皇后に関しても日本全国の施設をすべて訪れたことが喧伝されるわけです。

 するとまるで皇室だけがハンセン病に対するケアを担ってきたような印象を与える一方、その皇室がとくに明治から昭和にかけては国が進める隔離政策にお墨付きを与える役割も担ってきたことはほとんど語られていない。結果、それが一方的に「有難いこと」のように捉えられているのは、僕はちょっと違うと思うわけです。

 だから高山さんが本書を通じて、その見方は間違っている、実際は笹川陽平のような在野の人間もいて、よりスケール大きく、ハンセン病撲滅や患者のケアに取り組んできた事実を伝えた意義は、非常に大きいと思う。だって彼は今もWHO(国際保健機関)のハンセン病制圧大使として、世界中を飛び回っているわけでしょう?

高山:ええ。皇室はさすがに海外までは回らないし、国内だけですからね。笹川陽平と日本財団がハンセン病制圧に乗り出したのは1974年に笹川記念保健協力財団を設立してからで、以来、WHOのハンセン病対策予算のほとんどを担ってきた。その額は2014年までに約1億3600万ドル、日本円で202億円にのぼります。

 とくに1981年に3種類の薬を同時に処方する多剤併用療法・MDTが開発され、この病気を制圧できる可能性が出てきてからは、日本船舶振興会の会長だった父・笹川良一を説得してMDTの無料配布に乗り出し、1995~1999年の5年間に毎年5000万ドルを拠出した。製薬会社から買い入れたMDTをWHOを通じて無料配布するこの事業は2000年以降、スイスの製薬会社ノバルティスが引き継ぎ、現在までに患者数を実に95%減らすことができたとWHOは報告しています。

 WHOでは「国民1万人あたりの患者数が1人を下回った状態」を「制圧」と定義し、陽平さんは2001年の大使就任以来、全未制圧国の調査や各国指導者やメディアを通じた啓蒙活動、何より患者や回復者の声を聞き、この病気は薬さえ飲めば必ず治る、回復後も何も心配はないと励ますことを、自らに課してきました。ただ実際は国単位では「制圧」されていても、州や地域単位ではまったくそうじゃなかったり、その数字自体、実はいい加減だったり、まだまだやることはあるというのが、2010年以来、彼と世界中を回ってきた僕の実感でもあるんです。

関連記事

トピックス

今年5月に芸能界を引退した西内まりや
《西内まりやの意外な現在…》芸能界引退に姉の裁判は「関係なかったのに」と惜しむ声 全SNS削除も、年内に目撃されていた「ファッションイベントでの姿」
NEWSポストセブン
松田聖子のものまねタレント・Seiko
《ステージ4の大腸がん公表》松田聖子のものまねタレント・Seikoが語った「“余命3か月”を過ぎた現在」…「子供がいたらどんなに良かっただろう」と語る“真意”
NEWSポストセブン
(EPA=時事)
《2025の秋篠宮家・佳子さまは“ビジュ重視”》「クッキリ服」「寝顔騒動」…SNSの中心にいつづけた1年間 紀子さまが望む「彼女らしい生き方」とは
NEWSポストセブン
イギリス出身のお騒がせ女性インフルエンサーであるボニー・ブルー(AFP=時事)
《大胆オフショルの金髪美女が小瓶に唾液をたらり…》世界的お騒がせインフルエンサー(26)が来日する可能性は? ついに編み出した“遠隔ファンサ”の手法
NEWSポストセブン
日本各地に残る性器を祀る祭りを巡っている
《セクハラや研究能力の限界を感じたことも…》“性器崇拝” の“奇祭”を60回以上巡った女性研究者が「沼」に再び引きずり込まれるまで
NEWSポストセブン
すき家がネズミ混入を認める(左・時事通信フォト、右・イメージ 写真はいずれも当該の店舗、販売されている味噌汁ではありません)
《「すき家」ネズミ混入味噌汁その後》「また同じようなトラブルが起きるのでは…」と現役クルーが懸念する理由 広報担当者は「売上は前年を上回る水準で推移」と回答
NEWSポストセブン
初公判は9月9日に大阪地裁で開かれた
「全裸で浴槽の中にしゃがみ…」「拒否ったら鼻の骨を折ります」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が明かした“エグい暴行”「警察が『今しかないよ』と言ってくれて…」
NEWSポストセブン
指名手配中の八田與一容疑者(提供:大分県警)
《ひき逃げ手配犯・八田與一の母を直撃》「警察にはもう話したので…」“アクセルベタ踏み”で2人死傷から3年半、“女手ひとつで一生懸命育てた実母”が記者に語ったこと
NEWSポストセブン
初公判では、証拠取調べにおいて、弁護人はその大半の証拠の取調べに対し不同意としている
《交際相手の乳首と左薬指を切断》「切っても再生するから」「生活保護受けろ」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が語った“おぞましいほどの恐怖支配”と交際の実態
NEWSポストセブン
国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白(左/時事通信フォト)
「あなたは日テレに捨てられたんだよっ!」国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白「今の状態で戻っても…」「スパッと見切りを」
NEWSポストセブン
2009年8月6日に世田谷区の自宅で亡くなった大原麗子
《私は絶対にやらない》大原麗子さんが孤独な最期を迎えたベッドルーム「女優だから信念を曲げたくない」金銭苦のなかで断り続けた“意外な仕事” 
NEWSポストセブン
ドラフト1位の大谷に次いでドラフト2位で入団した森本龍弥さん(時事通信)
「二次会には絶対来なかった」大谷翔平に次ぐドラフト2位だった森本龍弥さんが明かす野球人生と“大谷の素顔”…「グラウンドに誰もいなくなってから1人で黙々と練習」
NEWSポストセブン