つまり、「仙太郎」は偽名だった可能性が高いということだ。私はあらためて、仙之助と仙太郎を結ぶきっかけになった『石村市五郎立身談』について鈴木さんに聞いた。
「執筆者は島田軍吉という新聞記者だったと思われます。石村市五郎は、箱根にほど近い小田原の出身でした。帰郷した際、富士屋ホテルの話を聞いたのかもしれませんね」
あるいは仙之助と会っていたのか。旅の終わりに、ホノルルのダウンタウンにほど近いマキキ墓地にある「明治元年渡航者の碑」を訪ねた。そして、曽祖父、仙之助にあらためて想いを馳せる。風で雲が動くたび、晴れ間と驟雨が交錯する。
仙太郎と仙之助。似てはいるが違う名前であることがずっとひっかかっていたのだが、身元を隠すための偽名だったとすれば、なるほどだ。そして神風楼のつながり──。
私は確信した。仙之助は仙太郎と名乗り、ハワイの風に吹かれていたに違いない。
【PROFILE】山口由美/ノンフィクション作家。1962年、神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒。旅とホテルをテーマに幅広い分野で執筆。2012年、『ユージン・スミス 水俣に捧げた写真家の1100日』(小学館)で第19回小学館ノンフィクション大賞受賞。著書多数。
※週刊ポスト2018年9月21・28日号