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2018.10.07 07:00  NEWSポストセブン

被災地支援、歌の感覚… 泉谷しげるが語る「さだまさし論」

チャリティー活動や被災地支援に熱心な面も注目される


 最初は「暗いヤロウだ」と思っていたけど、近くにいて印象が変わった。よく考えてみたら、暗い歌が歌えるヤツは明るいんだな(笑)。暗い歌を歌ってるヤツが本当に暗かったら、そりゃ聴くほうも嫌だよな。体力も関係するな。暗く重い歌は、体力がないと、歌ってる本人が参ってしまう。中島みゆきだってそうだろ? アイツだって歌と性格が全然違う。

 なぜ歌のイメージを歌ってるヤツに覆い被せちゃうかと言うと、歌をドキュメンタリーと勘違いしてるんだな。その人の経験を歌にしていると思い込んでいる。歌はドキュメンタリーじゃない。むしろ、小説に近い。

 たとえば、その土地に行かなければその土地のことを書けないというなら、それは紀行作家かルポライターだよね。作家だったら、行かずして書けないといけない。作家は、経験主義じゃないってことなんだな。じゃなきゃ、月に行かなけりゃ、月旅行の物語は書けないのかってことになる。

◆芸術というのは個人的作業による「発明品」

 じゃあ何を歌っているのか。それはもしかしたら、過去のことかもしれない。未来のことかもしれない。今の自分の後の後、先の先……そういうものを描くのが創作だよね。それは小説でも歌でも絵でも同じ。

 いい作品っていうのは、少なくとも自分の先を行っている。後から作家は、のこのことついていくわけ、その作品に。「作品が一人歩きする」っていうのはそういうことで、作家がもし、自分の経験しか描けないのだとしたら、作品は先には行けない。

 そいつがダメでも作品が残るってこと、あるよな。あれは作品が本人のはるか遠くへ行っちゃったんだよ。歌の場合は、ファンが育てて成長させるってこともある。じゃあ、一人歩きする作品の大本は何かって言ったら、イマジネーション。正直に言えば、妄想(笑)。こっちは妄想膨らませながら、せっせと詞や詩を書いてるんだから。発明という言い方もできるだろうね。

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