「でもね、やっぱり許せませんよ。日野さんは子供部屋おじさんのことをよく記事にしてますけど、子供部屋おばさんの記事も書いてください。不公平ですよ」
なんだかとばっちりで怒られてしまったが、「子供部屋○○○○」とは学校を卒業しても自立せず、基礎的な生活条件を親に依存して実家暮らしを続ける中年のことだ。山中さんの奥さんは結婚して親元から独立した主婦なので、実家の部屋に住み続ける「子供部屋おばさん」ではない。
「20代前半のかわいい女の子だった妻はもう子供部屋おばさんです。それだけならまだしも、イケメンキャラどころか中の人にまでハマってガチャで貢ぐなんて許せません」
発言内容がただの難癖のようになってきて、だんだん微笑ましくなってくる。中の人とはキャラクターを演じる男性声優のことだろう。嫉妬するうちは、夫婦関係を続けるにおいて、まだ山中さんは大丈夫だ。だが、奥さんはヘスティアに嫉妬していないらしい。つらい。
冗談はともあれ、団塊ジュニアは年齢関係なく精神的に幼いまま結婚する「子供夫婦」になりやすい。かつてはこういった夫婦は良い意味で「恋人夫婦」などと言われたが、最近の実態は精神年齢が下がって「子供夫婦」だ。この現象に、実際に子のあるなしは関係ないような気がする。私も自分の妻とは良好ながらそんな関係だ。しかしリアルな現実を前にして脆いのもそんな子供夫婦の問題だ。日々の生活、病気、介護――山中さんは公務員で職の心配はとりあえずしなくてもいいだろうが、そんな保障があっても先々過酷なのが、実態に合わない制度設計の歪みを毎度、自力で乗り越えさせられる団塊ジュニアの宿命だ。
また、いじめの過去からいまだに脱却していない山中さんは、いつも誰にどう見られているか、幸せで成功している公務員であるかということにこだわっている。エリート意識を否定はしないが、せっかくのかわいい奥さんをまっすぐ見て、何でも説教になりがちなマンスプレイニング(※)ぎみな目線をやめ、キャラクター愛と等しい、いやそれ以上の人間としての愛情を向ければ、いずれ解決する問題のような気がする。課金の問題以外はいまもオタク会話が弾むという。いい奥さんじゃないか。
【※man男とexplain解説するという言葉をかけ合わせた造語で、男性が女性を見下しながら解説することを指す】
シラーの詩をベースにしたベートーベン「第九交響曲」の歌詞ではないが、歓喜の輪に入れるのは、「地上にたった一人だけでも心を真に分かち合う人を見つけた人」だけだ。それは真の友であり、妻だ。孤独は神すら救わない。そんな手厳しい歌詞だ。孤独、それだけは避けねばならない。
金銭問題はともかく、これからも奥さんだけは大事にしてほしい。山中さんの真のヒロインは巨乳のアニメキャラでなく、貧乳だけどかわいい奥さんなのだから。
●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。ゲーム誌やアニメ誌のライター、編集人を経てフリーランス。2018年9月、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。2019年7月『ドキュメント しくじり世代』(第三書館)でノンフィクション作家としてデビュー。12月『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)を上梓。