◆たとえ再選考でも…
運命にいたずらされるように、顕志氏が特別な思いを抱いていた「4・5」決戦は流れてしまったものの、丸山が26歳で、阿部は22歳。これから柔道家としてのピークを迎える年齢だ。1年の延期ぐらいでは、両者の実力差が大きく開くことはないだろう。
丸山と阿部の対戦成績は、これまで丸山の4勝3敗。阿部は負けた試合で下がることが多いと指摘するのは信川氏だ。
「常に前に出て、圧力をかけるのが一二三のスタイル。一二三がファーストコンタクトで仕掛ける技は、よく掛かる。逆に試合が長引いて泥仕合になると、丸山選手の勝機を生んでしまうと思う」
丸山の師である顕志氏は、「一本」による完全決着はないと断言した。
「それほど阿部選手の身体能力は高く、体幹が強い。城志郎が阿部選手に勝った試合は、ほとんどゴールデンスコア(延長戦)までもつれている」
東京五輪の代表選考に関して、本稿執筆時点(3月30日)では全日本柔道連盟からの発表はない。男子66㎏級だけでなく、既に内定していた男女13階級の代表が再選考となるか否かも明らかになっていない。
くしくも日本オリンピック委員会(JOC)の会長で、全柔連の会長でもある山下泰裕氏は日本がボイコットした1980年のモスクワ大会で“幻の代表”となった経験を持つ。代表取り消しの苦しみを誰よりも知る人物である。内定者や、熾烈な代表レースを繰り広げてきた丸山や阿部への配慮は少なからずあるのではないか。
天理大の穴井監督は、あまりに複雑な状況下での決戦を前にした心境を、丸山に成り代わったようにこう話した。
「たとえ阿部選手に勝ったとしても、喜ぶことはないでしょう。だってゴールは代表になることじゃないから」
彼らにとってコロナ禍も代表再選考の問題も、大願成就に向けたひとつの試練でしかない。
※週刊ポスト2020年4月10日号