◆軍に対する“四重”の監視
旧ソ連軍が政治将校とKGBの二重監視だったのに対し、北朝鮮軍では総政治局に所属する政治将校、秘密警察である国家保衛省、軍の情報機関である保衛局(旧・保衛司令部)、さらに労働党組織指導部直属の通報員による四重の監視体制が敷かれている。このため、1995年以降、3回にわたりクーデターを起こそうとしたが、すべて未遂で終わっている。
韓国に亡命した元北朝鮮軍上佐(大佐と中佐の中間の階級)の崔主活(チェ・ジュファル)氏によると、総政治局は軍幹部が党の指示に忠実であるかを常に調べ、労働党組織指導部に報告するという。将校は全国に約30ある軍専門学校を卒業した労働党員である。
その中でも将軍まで上りつめる軍人は、抗日闘争や朝鮮戦争の功労者の子孫が通う「万景台革命学院」の卒業者が多く、金日成、金正日父子の教えに極めて忠実だという。また師団の移動には、兵力を束ねる総参謀長だけでなく、軍総政治局、軍政治保衛局の認可が必要で、崔主活氏は「師団を動かしてクーデターを起こすのは極めて難しい」と予測する。
北朝鮮には「自分の背中も他人」という言葉があるという。つまり、あまりの監視体制の厳しさに絶対に他人を信用できないだけでなく、寝言で体制批判をしただけでも強制収容所送りになるわけだから、自分すら信用できなくなる、ということである。
◆“末期状態”になるまでクーデター不可能
北朝鮮軍がクーデターを起こすとすれば、秘密警察や治安機関、金正恩の親衛隊ともいえる護衛司令部が同時に寝返るなど、体制維持システムが末期状態を呈した時であろう。つまり、余程の条件が整わない限り、クーデターは起こせないようになっているのだ。
旧ソ連軍について、「国外に対しては威圧的な大グマだが、党にはヒツジのように従順で、自分の意思を持たない巨大集団が育てられた」というビクトル・ゾトフ氏の指摘は、北朝鮮軍にも当てはまるのではないか。
北朝鮮軍はクーデターを起こさない。そして、独裁政権に従順な守護神としてこのまま存続する。厳格な監視体制が機能していることにより、国家レベルの危機に直面しても独裁政権の脅威にはならない北朝鮮軍だが、周辺国に対する脅威は、北朝鮮が民主化され、軍が解体されるまで続くのである。