つまり日本は蒋介石に負けたのであって、毛沢東に負けたわけでは無い。その後の内戦によって今度は蒋介石が毛沢東に敗れ、台湾に追いやられてしまっただけだ。ところが、現代の中国人は意外にこの事実を知らない。彼らが子供のころから見ている、いや国営テレビなどで繰り返し見させられているドラマは、すべて毛沢東の共産党軍が日本軍をやっつけるという話ばかりである。
そして中国共産党のリーダーであり中華人民共和国の建国者でもある毛沢東は、その後の文化大革命において、ヨシフ・スターリン以上の「自国民虐殺」を実行してしまった。日本のなかではもっとも「中国べったり」の朝日新聞ですら、それは認めている。他ならぬ朝日新聞社発行の時事用語事典『知恵蔵』にも、「文革には共産党内部の権力闘争と、その大衆運動化という二重の性格があり、悲劇は拡大した。文革中の奪権闘争や武闘で約2000万人もの死者が出たともいう」(項目執筆者中嶋嶺雄)とある。
武闘だけで無く、農業政策失敗による餓死もある。まさに毛沢東による「中国人殺害」はケタ違いの人類史上最高記録であり、この記録は今後も破られることは無いだろう。
では、なぜこんな明白な歴史上の事実がありながら中国共産党は中国人を支配できるのか?
考えてみればこんな不思議な話は無いのだが、その支配のための有力なテクニックが「日本を悪者に仕立て上げ、国民の不満を逸らし事実を隠蔽する」というものだ。では、それを思いついたのは毛沢東なのかと言えば、じつは違う。孫文のライバルであった袁世凱であり、マヌケなことにそんな有力な手段があることを袁世凱に気づかせたのは、他ならぬ日本の大隈内閣なのである。
(第1409回へ続く)
【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/作家。1954年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代の1980年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞、歴史推理小説に独自の世界を拓く。本連載をまとめた『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』『「言霊の国」解体新書』など著書多数。現在は執筆活動以外にも活躍の場を広げ、YouTubeチャンネル「井沢元彦の逆説チャンネル」にて動画コンテンツも無料配信中。
※週刊ポスト2024年2月23日号