一方泉と同級生の〈辰哉〉にも悲劇が待つ。あるとき那覇で米兵に襲われた泉との約束を彼は彼なりのやり方で守ろうとし、なおも信じあう彼らに試練を与える作家の非情を恨みたくなる。
「ですよね……。ただそれも含めて“隣町に降っている雨”みたいな部分はあると思うんですね。この中に沖縄と東京と千葉を通過する〈台風〉が出てきますが、僕らはよその町で降る雨の、傘までは心配しない。でも山神の事件が方々で信頼を蝕むように何かしら関係はあって、基地や原発問題もたぶん構図は同じなんで」
若い泉や辰哉はもちろん、自分で自分に蓋をする優馬や洋平が、言葉にできない感情を持て余し、あるいは言葉に背かれる瞬間を氏は丁寧に掬い取り、それこそ言葉に対して全幅の信頼を置いていないかにも映る。
「確かに疑ぐり深くはありますね。例えば僕は誰かを苦手だなと思った次の瞬間、『話してみたら何てイイ人だ』と思ったり、情けないくらい意見がコロコロ変わる(笑い)。でも物事の見え方は場所や距離次第で変わるものだし、自分の言うことが常に正解だと疑わずにいられる人が眩しいくらい。要は自分に自信がないだけですけど、だから人は人を信じたいとも思えるんだし、僕の場合は小説を書くんだと思います」
そんな吉田氏が描く事件の遠景にいつしか心は奪われ、彼らの関係を何とかして守りたいと思うほど愛してしまう。そのとき隣の雨はもう、私たちの雨だ。
【著者プロフィール】
吉田修一(よしだ・しゅういち):1968年長崎県生まれ。法政大学経営学部卒。1997年『最後の息子』で第84回文學界新人賞を受賞しデビュー。2002年『パレード』で第15回山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で第127回芥川賞をジャンルを超えて受賞し、話題に。2007年『悪人』で第61回毎日出版文化賞と第34回大佛次郎賞、2010年『横道世之介』で第23回柴田錬三郎賞。映画『悪人』では脚本も担当し、『さよなら渓谷』など映画化作品多数。174cm、63kg、O型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2014年2月28日号