そのナスミが死んだことをまだ知らない彼の手紙はさらにこう続く。〈あなたには、これから何人も何人も会う人がいて、あなたと別れを告げる人が、それと同じ数だけいる〉〈私はちゃんと「さようなら」を言い、次の人につなぐのが、人生というゲームの絶対に守らねばならないルールではないかと、そう思ったのです〉

妻鹿「それも生きる理由の一つかもしれません。これが最後と思って人と別れたり、映画を一度きりのつもりで見たり、人生はサヨナラの塊な気がします」

和泉「哲学も元は死を受け入れる練習らしいしな」

妻鹿「そう思ってはいても日常は続くし、別れがあっても忙しくて悲しみは棚上げにされがち。そうやって、あったことはどんどん忘れ去られてゆく。でも、あったんですよね。人は死に、形あるものは壊れますが、それがあった事実はあり続ける」

和泉「つまり生存はなくなっても、存在はあるんです」

妻鹿「そう。人は死んでも死にきりじゃない。叶わなかった願いや届かなかった思いも全部そこにあって、常に『あること』と『ないこと』がパラレルに同居する世界に、私たちは生きている」

 ドラマと本書の関係性もそう。ナスミの死で始まる物語は、その前後に連綿と続く時間の一部でしかなく、登場人物の数だけ縦横に広がる木皿ワールドに、私たちはとりあえずは明日を生きるための、ちょっぴり甘くて苦い栄養をもらうのだ。

■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光

※週刊ポスト2018年6月8日号

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