時報とともに、1分間の黙祷。その後、陛下は左胸のポケットからおことばを記した紙を取り出すと、それを読み上げ始める。美智子さまは左隣で、そのおことばに耳を傾けていた。
読み終えると、式辞を畳み、美智子さまとともに頭を下げられた。再び顔を上げると標柱を見上げられた。そして、陛下の動きが止まった。
「そのときでした。美智子さまが陛下の方に少し顔を向け、『おしまいください』と声をかけられたのです。陛下が目線を美智子さまに向けられると、美智子さまはさらに『おしまいになられますか。ポケットに入れませんと』と続けられました。おそらく、おことばをしたためられた紙をしまわれるように促されたのだと思われます。
しかし、それも陛下には聞き取りづらかったようで、聞き返されました。さらに美智子さまが『ポケットに、おことばをおしまいに』と続けると、陛下は『そうね』と穏やかに答え、手にしていた紙を左胸のポケットにしまわれました」(前出・皇室記者)
もちろんそのやり取りは式次第にはない、イレギュラーなものだ。音声の一部始終はマイクが拾い、全国放送で流れた。しかし、聞き取れるか取れないかの、かすかな声だったので気づいた人はほとんどいない。ただ、そうした何気ない会話に両陛下の信頼と絆を見た人からは、感涙の声が上がっている。皇室ジャーナリストの神田秀一さんが語る。
「陛下は強いお気持ちと緊張感をもって臨まれたのだと思います。皇后さまは陛下にとって最後となる追悼式をまっとうしていただこうと、全力で陛下を支えられ、見守られたのでしょう。陛下は30回目の追悼式も、滞りなくお務めを果たされました」
◆行事の時に間違えることも
「すでに80を超え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」
一昨年8月に公開された生前退位の意向を示すビデオメッセージで、陛下はこう心境を吐露された。
また、82才の誕生日(2015年12月)の会見では、「年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました」と述べられた。それはおそらく、2015年10月、富山県で開かれた「第35回全国豊かな海づくり大会」の式典でのことを指しているのだろう。
「式典は滞りなく進んでいましたが、県議会議長が閉会の言葉を述べようとしたとき、陛下が議長を呼び止め『最優秀作文の発表は終わりましたか?』と尋ねられたのです。もちろん、受賞者は約30分前に両陛下の前で読み上げ終えていました」(別の皇室記者)
その年の8月の戦没者追悼式でも、例年とは違う様子が見られた。