橘:そこで最近いわれるようになったのが、わざわざ選挙に行くのは自分の「党派性」すなわちアイデンティティを確認するためなんじゃないか、ということです。アメリカはとくにはっきりしてますが、トランプ支持者と反トランプが憎み合っている。これは典型的な「善」と「悪」の対立ですが、そうなると、自分が「善」の側に属していることを確認するためだけで、投票に行くじゅうぶんな動機になる。熱烈なトランプ支持者にとっては、共和党に票を入れることが「悪」を倒すパフォーマンスで、気分がいいんでしょうね。日本でも親安倍と反安倍で分断されているのかもしれませんが、それよりも保守派の政治家がよく使うのは、生活保護の不正受給のような「分かりやすい物語」で票を取りにいくことですね。
中川:ある芸人の母親の不正受給疑惑も大きな話題になりましたね。片山さつき氏がこの問題を取り上げたことで一躍、有名になりました。彼女は、政策の難しい話をしたって、そんなの何の票にもならないから、この問題を叩けばいいと考えたんでしょう。
橘:あの事件のちょっと前に地方の市長さんと雑談する機会があったんですが、「市民からの電話がたいへんなんです」と頭を抱えていました。「なにかの苦情ですか?」と訊くと、「近所の母子家庭の母親をパチンコ屋で見かけたんだが、あれは不正受給じゃないのか」というようなものばかりなんだそうです。そのうえ、調査しないと何度もしつこくかかってくるので、職員はその対応で疲弊していているそうです。じつは生活保護への不満が日本社会にマグマのように溜まっていて、あの事件をきっかけに噴き出したんじゃないのかと思いました。保守派の政治家が煽っているというより、有権者が求める話をしようとするとかぎりなくネトウヨに近づいていく、ということなんじゃないかと思います。
中川:そこで解せないのが、8月に野田聖子さんが「LGBT対策が自民党総裁選のテーマになる」という発言したことです。結果的に野田さんは20人の推薦人を集められず総裁選出馬を断念しましたが、そもそもこのテーマで自民党の地方党員とかの票を取れると彼女は踏んでいたんですかね?
橘:「日本人アイデンティティ主義者」の中核にあるのは「嫌韓・反中」すなわち「反日」バッシングなんですが、もうひとつ彼らが許せないのは「弱者利権」で、「自分より列の後ろに並んでいた奴が抜け駆けしていい思いをしている」という怒りなんじゃないでしょうか。その怒りがLGBTやフェミニズム、ベビーカーなどのマイノリティにも向かうわけですが、生活保護の不正受給と比べて「悪」と断定するのが難しいので、実際には多くの日本人は「同性婚も夫婦別姓も本人の自由でいいんじゃないの」と思っている。野田さんや自民党のなかのリベラルな議員はそのことをわかっていて、LGBTを票田のひとつとして取り込んだ方がいいと思っているのでは。