高校を卒業した亀山は、税理士を志して上京。大原簿記専門学校に入学するが、教師に「これから税理士は儲からないよ」と言われて中退する。居酒屋やホストクラブでアルバイトをしていた時期に六本木で露天商の女性と出会った。御徒町で鎖や皮を仕入れてアクセサリーを作り、原宿や代々木で売りはじめた。初日の売り上げは1000円だった。
「専門学校を辞めたのは勢いで、露天商をはじめたのは成りゆきだった」と振り返る。露店を出して警察に怒られたり、やくざに「誰に断ってやってんだ」と凄まれたりもしたが、そのたびに新たな場所で店を出した。稼げると分かると仙台の七夕祭りや青森のねぶた祭りなどにも遠征した。
「寅さんみたいなもんです。当時は怖いものなしで、人通りが多い道があったら取りあえず露店を出しちゃえ、と。ゲリラのような感じでしたね」
──ゲリラですか(笑)。
「当時もテキ屋はあったんだけど、アクセサリー屋だけはそこに入らなくてもやらしてくれたんです。一番端っこにチョークとか引かれてスペースをもうけてね。資本と組織があれば王道の商売ができるけど、小さいのが生き残るためにはアイディアやオリジナル性が必要。真田丸じゃないけど、戦術で勝っていかないといけない」