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2018.05.14 07:00  SAPIO

戦後日韓裏面史 在日最強ヤクザ「殺しの柳川」が見た夢

 戦後、在日社会を取り巻く日本人が露骨な差別を示していたのは確かだろう。生きる上での選択肢がない在日は、「汚れ仕事」で糊口を凌ぐしかなかったのかも知れない。

 だからと言って、「人殺し」が正当化されるわけではない。いや、柳川も罪の意識を背負っていたようで、それが後の柳川を動かした。生前、柳川と交流のあったある韓国人学者からこんな話を聞いた。

「非常に謙虚で、人間的魅力があり、もし韓国で生まれ育っていれば、ひとかどの人物となったでしょう。彼はなぜか私のことをヒョンニム(兄貴)と呼んでいた。自分の意見を押しつけようとせず、意見が分かれると『ヒョンニムの言う通りでしょう』という。いや、そうとも限らないよ、と返すと『私は人を殺したような人間ですよ』と言うんです。柳川のなかには、ヤクザをやっていた自分は真人間として評価されることはない。せめて祖国のために良いことをしよう、という思いがあったようだ」

 急激に拡大する柳川組を恐れた警察庁は、1967年から大阪府警を中心に専従チームをつくり、柳川組関係者を次々と逮捕。半年間だけで160人以上が逮捕される集中的な取締りが続くなか、柳川組は1969年に解散に追い込まれた。

◆「在日の恥」と言われて

 解散した理由を聞かれるたびに、在日の少女による新聞投書が引き金だったと柳川は語る。投書には、〈柳川組を解散して下さい〉との見出しに続き、〈あなたのおかげで日本にいる韓国人の中にははずかしい思いをしている人がいっぱいいるからです〉とあった。これを読んで在日の恥として生きるわけにはいかないと決意したのだという。

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