◆恋愛経験が乏しいことへのコンプレックス
それほど驚かなかったのは、頭の片隅で予想していたからだろうと、慶子さんは冷静に振り返る。彼は仕事もできるし、女性に優しいし、既婚者であってもモテるだろうと。長い結婚生活のなかで、そういうことが一度や二度、起こるのではないかと、どこかで覚悟していたような気がすると、分析した。
「その後、彼は私に、少し優しくなったんです。だから私も許しました。でも、セックスレスになりました。頭では許すことはできても、どうしてもそういう気持ちにはなれなくて。私のプライドだったのかもしれません」
とはいえ、息子の受験の時には、剛さんはやはり頼りになった。子供は文字通り夫婦のかすがいだったが、剛さんの浮気はその後も続いたという。
「また遊んでるな、というのはなんとなくわかりました。でも、私も仕事が忙しくなると、だんだん問い詰める気力がなくなってきて。歳のせいもあると思います。家族が円満なら、多少のことは目を瞑るのが、大人のいい女なのかな。そうやってゆっくり構えていたほうが、彼の気持ちも戻ってくるかな、とも考えたんです」
では、慶子さんには、新しい出会いはなかったのだろうか? むろん浮気をする夫への腹いせ、というわけではなく、バリバリ働く魅力的な女性に新しい出会いがあっても不思議ではない。
「うーん、あったらよかったんですが……、私には何もなかった。女性が多い職場というのもあったし、結婚してからは、仕事と家庭で精一杯で、余裕なんてなかったんです。正直いって、私、あまり恋愛経験がないんですよ」
夫の剛さんは、慶子さんが人生で二番目に付き合った人だった。大学時代に、なんとなく付き合っていた彼氏はいたが、就職して自然消滅していた。活発で明るい慶子さんだが、恋愛経験は乏しいという自覚があった。だからこそ、恋愛にポジティブでガツガツしている剛さんに対し、腹立たしさとともに、うらやましさや憧れといった相反する感情がうずまいていたという。