◆いつでも死ねるという希望

 彼女にとって「安楽死」はどのような意味を持つのか。彼女の言葉を聞いていると、命を絶ちたい、というよりも現在の生活から「逃げたい」気持ちが大きいようにも映る。これを浅はかな選択と非難することはたやすい。

 ただ、これまで世界中で取材してきた私は、別の感慨を抱く。それは、ようやく「日本人の私でも安楽死ができる」という展望を得たことによる安堵感。それが、彼女に生きる力を与えているのではないか、という思いである。

 思い出したのは、自閉症とPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患う、今年1月に取材したベルギー人女性、エイミー・ドゥ・スヒュッテルのことだった。精神病棟内で医師からレイプ被害にあったという彼女は、死を周囲から否定されることが逆に死への渇望に繋がった、と告白した。

 彼女の自殺未遂は13回を数える。だが、2011年頃にベルギーで精神病患者の安楽死条件が緩和され、さらに彼女にも適用可能と診断されたことが精神状態を好転させた。彼女は言った。

「やっと死ねるのだという気持ちで安心している。でも、もう少し生きて良いかな、と最近思っているわ」

 彼女に限らず、私はこうした言葉を何度も聞いてきた。特に、精神疾患患者にとっては、安楽死できると知ることが、生き続ける糧になる。川原にもその傾向がみてとれた。

 現実問題として日本人の川原がスイスで死に至るまでには、まだまだハードルは高いように思う。ライフサークルに登録するだけなら、自らの病状を説明する英文のアンケートを済ませた上で、年会費を払えばいい。

 だが、自殺幇助に至るまでには、まずは「意思が明確な患者」であることが前提となる。精神疾患患者も登録できるが、後にスイス国内の倫理委員会を通過することが困難になる。原則として対象者は末期患者か、病状の回復が見込まれず「肉体・精神の苦痛」を訴える患者に限られる。

 また、外国人は本国の診断書を現地語(ドイツ、フランス、イタリア語のいずれか)か英語に翻訳する作業も必要となる。万が一、病名や、わずかでも病状の誤訳があれば、ただちに却下される。現地で行われる外国語の診察に対しても、正確に答えられなくてはならない。

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