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2017.07.07 16:00  NEWSポストセブン

松居一代が船越ノートで見たという女性セブン記事全文公開

「家は息苦しくってさ」
「嫁が寝てからがおれの時間なんだよ」
「もう疲れちゃったよ…」

 松居にがんじがらめにされてきた船越が、2011年に冒頭の別宅マンションを購入したのは自然な流れだった。

「なにしろ自宅には船越さんのプライベートルームすらありませんから。いえ、新築時の設計当初はあったんですが、完成時に松居さんがその部屋の鍵を外しちゃったんです(苦笑い)。心の平穏は家の外に求めるしかなかったんでしょう」(前出・芸能関係者)

 夫婦げんかがあればその都度別宅に逃げ、つかの間の安息を得ていた船越。

「これもまたふたりならではの距離感。離婚の選択肢はないだろう」

 周囲はみなそう見ていた。しかし、夫婦関係は大きく変わっていった。

◆「別れたくない」という手紙を書いた松居

 門前仲町の深川不動堂を松居と船越が訪れたのは、昨年4月2日のことだった。満開の桜が咲き誇る境内で、夫婦はじっと手を合わせていた。

 前日、夫婦にとって記念すべき門出があった。松居の連れ子で長男のAくん(26才)が社会人になったのだ。

《スーツに身を包んで出かける息子を船越と二人で見送りました。後ろ姿を眺めていると胸がいっぱいになり、涙が止まりませんでした》

 松居が万感の想いをブログで綴った理由は、Aくんの苦難の半生にあった。

 生後間もなくアトピーを発症し、後に発疹が全身を覆った。あらゆる治療を試すも症状は悪化の一途を辿り、一時、松居は母子心中さえ考えた。

 前夫との離婚問題で家庭環境は最悪。幼くして心身に深い傷を負ったAくんを支えたのが、再婚後の船越だった。

「Aくんは最初、船越さんを“おじさん”と呼んでいた。でも、船越さんは実の父親以上の愛情を持って接しました。一緒に銭湯に行って背中を流しあい、学校生活の相談に乗り、2人だけでグアム旅行に行くこともあった。Aくんが“お父さん”と呼ぶまでに、時間はかかりませんでした」(前出・船越家の知人)

 Aくんが大学受験に失敗し、仮面浪人を選んだときも、船越は全力で応援した。就職相談に最も親身になったのも船越だった。

「多忙な仕事の合間にいろんな企業を調べて、ここがいいんじゃないか、あそこはどうだって。良き父親そのものでした」(前出・船越家の知人)

 本誌は昨年1月、船越がいきつけ店で、長男とふたりで就職祝いをするシーンを目撃した。ひとり立ちする息子が誇らしかったのだろう。

「よくやったなぁ。おれも本当に嬉しいよ…」

 そう言って満足そうにグラスを傾けていた。

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