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2017.07.07 16:00  NEWSポストセブン

松居一代が船越ノートで見たという女性セブン記事全文公開

「みなさま、もうお気づきのことと思います。口に出すのをはばかられるので黙っていらっしゃるのでしょうけど、だからこそちゃんと私がいいます。今日、船越の両親は来ていません」

 2001年10月31日、今はなき『赤坂プリンスホテル』で行われた船越と松居の挙式披露宴は、新郎の所属事務所であるホリプロ・堀威夫会長のこんな挨拶で始まった。

 門出から山あり谷ありの夫婦だった。

 1987年にDCブランド創業者と結婚、1990年に長男をもうけた松居だが、夫の度重なる浮気と借金問題に悩み、1996年に離婚していた。

 船越よりも3才年上で、連れ子を持つ松居との結婚に、船越の両親は猛反対した。

 神奈川県湯河原で旅館を運営し、息子に後を継がせようとしていた父・船越英二さん(享年84)には、バツイチ子持ちという松居の経歴は受け入れがたいものだった。

「披露宴を欠席しただけではありません。英二さんは2007年に亡くなるまで、松居さんとは生涯一度も会っていない。

 大正生まれの英二さんにとって、夫婦の形は“夫唱婦随”が当たり前。結婚後にテレビで夫の恐妻ぶりをおもしろおかしく話す松居さんの存在は、最期まで許せなかったのです」(船越家の知人)

 実家で暮らしていた船越の妹、洋子さんは、新聞のテレビ欄を毎日見て、松居の出演する番組が父の目に触れないよう気を使ったほどだった。

 断絶したまま父は逝ったが、救いもあった。父の死をきっかけに、母と松居の関係が修復に向かったのだ。

「洋子さんの尽力によるものでした。“母には同じ思いをさせたくない”と、父の葬儀で松居さんと母の初対面を実現させたのです。以後、食事の席をもうけたり、嫁姑の仲を繋ぐことに腐心してきました」(前出・船越家の知人)

 いつしか松居は船越の母とディズニーランドに行くまでになった。

 だが2010年3月、洋子さんは重度のうつ病で自殺した(享年47)。葬儀の場で、遺影を抱えて号泣する船越と松居の姿が参列者の涙を誘った。

 家族との断絶と修復、身内の悲劇、それら全てを乗り越えて、船越と松居の絆は一層深まっていくように見えた。

 ベストカップル賞やベストファミリー賞を次々に受賞し、「恐妻の松居と尻に敷かれる船越」というおしどり夫婦像が世間にも浸透していった。

 若い女優からのメールに嫉妬した松居が、「船越の携帯を鍋で煮た」という事件を本誌(2003年11月)が報じたのを皮切りに、「小遣い3万円」「電話は朝昼晩晩晩の1日5回」など、彼女の恐妻エピソードがたびたびメディアを賑わせてきた。

 2013年4月には、あるバラエティー番組で、「浮気を疑うあまり、今年だけで船越の携帯を3回折っている」と明かし、スタジオを騒然とさせた。

 松居のぶっちゃけるそれは、笑い話として世間に消費されていった。

 だがひとり、船越は笑っていなかった。

◆「もう疲れちゃったよ…」

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