スティーブンス医師は自分の勤務病院に対しても疑念を抱いていた。彼によれば、放射線治療などを始めた当初、ジャネットは病院スタッフから、妙な話を聞いたという。

「アドバンス・ディレクティブ(*注2)のほうはどうなっていますか。それと、お墓はどうなさるおつもりですか」

【*注2/「事前指示書」と日本語では訳され、自分で意志を表明できなくなった際に、行われるべき医療行為を明記したもの】

 なんだが、私の背中がぞくぞくしてきた。これは病院側が間接的、または、事務的に死を勧めている行為と言えないか。全米で最も早く尊厳死法が施行された歴史を持つオレゴン州の病院で、淡々と行われている現場風景であり、そのことを同病院勤務医が私に語っている。彼はその時、突然、ポケットから携帯電話を取り出し、私に質問した。

「あなたは、この後もしばらく時間が空いていますか。ジャネットに何とか会えるように説得しましょう」

 彼は、受話器のボタンを押した。だが反応はなく、留守番電話にメッセージを残すに留め、再び話し始めた。

「誰もが罹患する可能性のある糖尿病を例にとってみましょう。この病は生活習慣病の延長線上にありますが、ひとたびインシュリン投与を止めれば、即、余命は半年程度に縮まってしまいます。そうなれば、患者は“末期”として扱われ、たちまちオレゴンでは自殺幇助の対象となります。法がある限り、住民にとって尊厳死は遠い世界の話ではありません」

 さらに、彼は続ける。

「末期とは、医学的に余命6か月程度のことを指すと言われていますが、実は、これに根拠はない。むしろ、治療を断った時点で、末期になるのです」

 ベッドに座って淡々と話をする放射線科医は、ジャネット以外にも、過去に治療を続けた結果、末期を乗り越えた患者たちの話を紹介した。もちろん、これまでに彼が診てきた患者約1万人のうちの一握りのケースであるとしても、それを職業とする彼には、語り継ぐべき物語なのだろう。

 彼は、途中で何度も携帯電話を手に取って、着信がないかどうかを確かめた。気まずい表情を私に見せた後、医師は、私にこう尋ねた。

「家族との関係は良好ですか?」

 はい、良好だと思います。特に深刻な問題は抱えていませんので。

 これが何を意味するのか、よく理解できなかった。この時点ではひとまず、「家族」が彼の人生の支えなのだという認識を、私は持つことにしておいた。ここで話が逸れると医師は言った。

「彼女の家まで直接行ってみますか?」

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