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雅子さま、15年の療養を経て長いトンネルの先に光

 2008年4月、愛子さまが学習院初等科に入学すると、校内でも雅子さまの笑顔が見られるようになった。2009年1月には、美智子さまの名代として宮中祭祀に出席するまで快復された。

「愛子さまが初等科生として初めて運動会に参加された時、雅子さまは全競技が終わった後もママ友とずっとおしゃべりをしていました。特に育児について熱心に情報交換をしていたようです」(前出・学習院関係者)

 2010年2月、東宮職医師団が雅子さまの病状について、次のような見解を公表した。

〈5年半前とは較べられないほどに良くなられた〉
〈ストレスを感じ悩まれることがおありになっても、比較的早く立ち直られる〉

 順調な復調を告げる内容に「完治」の期待が高まった。

◆完璧主義なお母さんほど産後うつになりやすい

 ところが、そのわずか1か月後、野村一成東宮大夫(当時)が定例会見で、愛子さまが3月初めから学校を休まれていることに言及し、原因についてこう述べた。

「同じ学年の別の組に乱暴なことをする児童たちがおりまして、宮さまを含め他の児童に乱暴をしていることが理由と判明しました」

 この「いじめ問題」の発覚により、平穏になりつつあった雅子さまの心身のバランスが、再び大きく崩れていく。

「そもそもは、やんちゃな男の子が同級生にちょっかいを出した程度のことでしたが、感受性が豊かで敏感な愛子さまは男子児童のふるまいに驚いて恐怖を感じられました。愛子さまの性格をよく知っている雅子さまは“母親としてわが子を守らなければならない”とひどく思いつめた様子になられました」(東宮職関係者)

 野村大夫の会見の3日後、愛子さまは雅子さまに付き添われて登校した。以降、1年9か月にわたって雅子さまの「同伴登校」が続く。

「最初の頃、雅子さまは愛子さまと一緒に登校され、教室の後ろで授業を参観されました。音楽や図工などで教室を移動する際は雅子さまが自らパイプ椅子を持って移動していましたね。給食も、愛子さまは教室で食べるのではなく、別室に入って、お2人でとられていました」(前出・学習院関係者)

 2011年9月には、いわゆる「山中湖騒動」が起きた。

「山梨県の山中湖で行われた学習院の3泊4日の校外実習に、雅子さまが同伴で参加されたんです。通常、初等科のお泊まり学習は保護者の同伴が認められないので、雅子さまが時間差で同じルートをとって向かわれました。山中湖に向かう愛子さまのバスを追う雅子さまの車の後ろには警察車両や白バイ10台ほどが連なり、静かな山中が物々しい雰囲気に包まれました」(皇室記者)

 このケースからも明らかなように、雅子さまと愛子さまは「母子密着」と呼ばれるほど近い関係にある。大野医師はその頃、周囲にこう語ったと報じられた。

「雅子さまの頭の中は、大半が愛子さまのことで占められている」

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