赤ちゃんを自宅で出産し、赤ちゃんポストに預けるケースが多い

◆「親のことは知りたいです」──ポストに預けられ、成長した少年は正直に言った。

 翌日、赤ちゃんを車に乗せて、母親の運転で熊本の赤ちゃんポストを目指した。建物の脇に扉があるのを見つけ、そっと開いた。赤ちゃんを置き、扉を閉めた。

 数メートル歩いたところで「待ってください」と呼び止められた。背後から3人ほどが走ってきた。

「まさか声を掛けられるとは思っていなかったので、驚きました。逃げようとは思いませんでした。すべてを話すときが来た、と。ホッとしたような気持ちです」

 赤ちゃんポストは「匿名性」が謳われている。だが、現場の状況やスタッフの判断次第で、声を掛けることもあるという。

 慈恵病院にかつて勤務し、ポストも担当していた助産師・下園和子さんは言う。

「もし自分がこの赤ちゃんだったら、親は誰なのか、自分はどんな人に助けられたのか、知りたいでしょう。でも、戸籍を調べても親の名前はありません」

 だからできるだけ親や子どもの情報を得ようと努めた。

「預けに来る人は何らかの問題を抱えているはずです。その問題が何か分からなければ、解決の糸口も見つからないじゃないですか」

 下園さんは、赤ちゃんが置かれたときの記録には、写真をつけたという。赤ちゃんだけを撮るのではなく、看護師に抱っこされた姿を撮影した。

「抱っこしてかわいがっていた人がいたんだよ、と赤ちゃんに伝えたかったんです」

 下園さんによれば親がいない赤ちゃんたちを、看護師たちは積極的に抱っこしたという。「私が引き取って育てたい。家族に話してみる」と言い出すこともあった。しかし、ポストに置かれた子どもは前述の通り、児相が保護するのが決まりだ。その後の処遇も児相が決める。

 ちなみにポストに預けられた子どもを扱っていた、熊本県中央児童相談所の元児童相談課長の黒田信子さんは「児童福祉の立場では親を捜すのは原則。わずかな手掛かりを基に調査しました」と話す。病院に置かれていた手紙や赤ちゃんの所持品などから親が判明するケースがある。

 理恵さんは幸いにして子どもとのつながりを失わずにいまに至るが、親との接点が完全に失われた子どもは26人(2017年3月時点)を数える。

 私は、ポストに預けられ、その後、里親に育てられた男児を取材したことがある。10代の活発な少年に成長した彼は、「ゆりかごがあったから、ここの家に来ることができて、いまの生活があります。ゆりかごに入れられたことは、自分の運命だった。いまのお父さんとお母さんに会えてよかったです」と快活に話した。一方で、実の親について訪ねると、正直にこう話す。

「親のことは知りたいです。教えてほしいです。大人になっていくにつれ、自分がどうやって生まれてきたのか、どういう父と母の間に生まれてきたのか、知っている方が自分のためになると思います」

 彼はルーツを知らずに育つことへの漠たる不安を口にした。生活への満足や人生における幸福とは別の文脈で、それは存在しているのだ。成長したからといって消えていくものではない。彼は、いまもポストに入れられたときに着ていた服や靴を大切に保管していた。

 出自を知る権利は世界的に保障されるべきものとされているなか、ポストの危うさを指摘する専門家の声は絶えない。ただし、慈恵病院もさまざまなリスクを承知した上で、ポストを運営しているということも補足しておきたい。慈恵病院は、困った母親が頼る「最後のセーフティネット」としてポストを位置づけながら、予期せぬ妊娠に悩む母親からの相談を全国から受けている。

 ポストというシンボルを持つことで女性たちは慈恵病院を頼ることになる。それが遺棄や虐待を未然に防いでいるともいえるだろう。

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