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2019.05.03 16:00

平成の紅白歌合戦 打ち切り説を乗り越えた挑戦の歴史

 平成16年に初の30%台に落ちると、それまで4年連続で続けてきた局アナだけの司会を辞め、平成17年はみのもんたを抜擢。過去にも古舘伊知郎や上沼恵美子など民放の人気司会者の起用はあったが、彼らはNHKでレギュラー番組を持っていた。しかし、『みのもんたの朝ズバッ!』(TBS系)、昼の『午後は○○おもいッきりテレビ』(日本テレビ系)など民放でレギュラー番組9本を持っていた超売れっ子も、衛星放送を除けばNHKでの司会は初。その効果もあってか、この年は42.9%と数字を戻す。

 平成22年(2010年)以降、NHK連続テレビ小説(朝ドラ)出演者がほとんど毎年、司会に名を連ねていることも大きな変化の1つだ。過去にも昭和40年の林美智子、昭和61年の斉藤由貴、平成4年、5年の石田ひかりと朝ドラヒロインを抜擢していたが、今ではもはや定番となっている。司会者だけには留まらず、平成25年の『あまちゃん』のように朝ドラコーナーも組み込まれている。

 平成27年(2015年)には、タモリとマツコ・デラックスという大物タレントを審査員ではなく、中継で繋いだ。平成29年の欅坂46、平成30年のDA PUMPの歌唱時には、司会の内村光良が一緒に踊った……。挙げれば切りがないほど、毎年新しい演出を試みている。

 昭和の頃ならタブー視されたこともあるだろうし、「NHKらしくない」「自局の宣伝ばかり」という批判も浴びている。公共放送であるNHKが視聴率を狙い過ぎという指摘も見受けられる。

 他番組はさておき、紅白に関しては昭和から年間1位を続け、平成になって1位から陥落した年もあったものの、上位に残り続けている歴史を考えれば、今さら視聴率を完全に無視した構成にすることはないだろう。

 むしろ、視聴率を気にしたからこそ、“平成の紅白歌合戦”は芸能界やテレビ界、視聴者の変化そのものを現し、日本のテレビ番組における象徴的な存在となったのではないか。

 振り返れば、平成初期の島会長の〈マンネリ化は困る〉という精神は、今も紅白演出の根底にあるように感じる。昭和から続く良い慣習を残しながら、時代に合わせたアレンジを加えて生き延びた紅白歌合戦。令和になっても進化を続けるか。

●文/岡野誠:ライター・芸能研究家。研究分野は松木安太郎、生島ヒロシ、視聴率、プロ野球選手名鑑など。最近は角川博チェックにも余念がない。本人へのインタビューや関係者への取材、膨大な資料の緻密な読解を通して、田原俊彦という生き方を描いた著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)が話題に。

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